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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)8333号 判決 1978年10月30日

原告

中島幸太郎

被告

前田建設工業株式会社

ほか二名

主文

被告三名は、各自、原告に対し、金三七七万四、二二三円及びこれに対する昭和五一年一〇月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告と被告三名の間に生じた部分は、これを三分し、その一を被告三名の負担とし、その余を原告の負担とし、参加によつて生じた部分は補助参加人の負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告三名は、連帯して、原告に対し、金一、二一〇万円及びこれに対する昭和五一年一〇月一五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告三名の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告ら訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因等

一  事故の発生

原告は、昭和五〇年九月二三日午後五時二〇分頃、東京都文京区関口町三丁目四番六号先路上で、自己の運転していた普通乗用自動車(練馬五五い七三五二号。以下「原告車」という。)を停車中、被告渡部昭江(以下「被告渡部」という。)の運転する大型貨物ユニツク車(品川一そ二九三三号。以下「被告車」という。)に追突されて傷害を受けた。

二  責任原因

被告前田建設工業株式会社(以下「被告前田建設」という。)及び被告株式会社寺田工務店(以下「被告寺田工務店」という。)は、被告車を所有ないしその業務に使用し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、本件事故により原告の被つた人的損害を賠償する責任があり、被告渡部は、前方不注意及びハンドル・ブレーキ操作不適当により本件事故を惹起させたものであるから、民法第七〇九条の規定に基づき、本件事故により原告の被つた損害を賠償する責任があり、被告寺田工務店は、本件事故は同被告の被用者である被告渡部がその業務を執行中前記の過失により惹起したものであるから、民法第七一五条第一項の規定に基づいても、本件事故により原告が被つた損害を賠償する責任がある。

三  後遺症

原告は、本件事故により、頭部外傷、頸部外傷等の傷害を受け、頭痛、頸部痛、耳鳴及び上肢のしびれ感等が出現し、昭和五一年三月二五日、右の症状は固定したとの診断を受けたほか、輻湊不全による両眼視力機能が障害されている旨の診断を受け、自動車損害賠償責任保険(以下「責任保険」という。)関係において、自動車損害賠償保障法施行令別表障害等級(以下「障害等級」という。)第一三級第二号に該当するとの認定を受けた。

四  損害

原告が、本件事故による前記後遺症のために被つた損害は次のとおりである。

1  逸失利益

原告は、明治四五年一月一九日生れの男性で、ハイヤーの運転手として約二〇年稼働した後、昭和四四年四月から個人タクシーの運転手として稼働し、一年当り金二二八万五、七四〇円の収入を得、その三割の経費を要し、金一六〇万一八円の純益を得ていたが、本件事故による前記後遺症に起因する深視力障害のため、大型第二種免許が失効し、第一種免許に格下げされたため、個人タクシーの営業の廃止を余儀なくされたが、永年タクシー、ハイヤーの運転業務を生業としてきたため、タクシー運転以外に仕事を見出しえず、生計の方途を失うに至つたところ、原告は、本件事故に遭わなければ、なお七年間は個人タクシーの運転手として稼働し、毎年右同額の純益を挙げえたものであるから、ホフマン式計算法による年五分の割合の中間利息を控除し、原告の逸失利益の現価を算定すると金九三九万八、五〇〇円(一〇〇円未満切捨)となる。

なお、原告には本件事故前から多少の近視性乱視があつたことは被告ら指摘のとおりであるが、原告は、永年自動車運転を業としているが、近視性乱視により営業に支障を生じたことはなく、従前運転免許の更新が問題となつたことは皆無である。

2  慰藉料

原告は、本件事故により、不具者となり、永年従事した天職ともいうべきタクシー業務の廃業を余儀なくされ、他の職を見出す見込も、稼働の意欲をも失つたもので、かかる前記後遺症による肉体的・精神的苦痛は筆舌に尽くし難いものというべく、右苦痛を慰藉するに足りる金員は金三〇三万円とみるのが相当であるところ、原告は、責任保険から障害等級第一三級第二号の後遺症分として金一〇一万円を受領したので、これを右金員から控除し、残金二〇二万円を請求する。

3  弁護士費用

原告は、被告三名が、前記後遺症分を除き、任意に原告の後遺症による損害を弁済しないため、やむなく、本訴の提起、追行を原告代理人に委任し、手数料として金一五万円を支払つたほか、謝金として金九〇万円を支払う旨約束し、金一〇五万円の弁護士費用の損害を被つた。

五  よつて、原告は被告三名に対し、各自、本件事故による後遺症に基づく損害賠償として、前項1ないし3の合計金一、二四六万八、五〇〇円の内金一、二一〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五一年一〇月一五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  被告ら及び補助参加人の主張に対する答弁等

1  示談契約について

原告と被告寺田工務店の間に、被告ら及び補助参加人主張通りの示談契約が締結され、原告が被告ら及び補助参加人主張の金員を受領した事実は、認める。

しかしながら、右示談契約は、本件事故の僅か一か月後に締結されたもので、後遺症に関する規定が全くないことから明らかなとおり、両当事者とも後遺症の有無等につき何らの予想もしないまま、原告としては早期に車両修理代を人手して個人タクシー営業を再開するため、被告寺田工務店としては被告渡部の刑事処分の軽減を計るため、急いで締結されたもので、原告主張の後遺症は、示談契約当時予想されていなかつたのであるから、本訴請求に係る後遺症に基因する損害賠償請求権が右示談契約により消滅することはありえないというべきである。

2  弁済

被告ら及び補助参加人主張の弁済の事実は、認める。

第三被告ら及び補助参加人の答弁等

被告ら訴訟代理人は、請求の原因第一項及び第二項の各事実は認める、と述べたほか、被告ら及び補助参加人の答弁等は、次のとおりである。

一  請求の原因第三項の事実中、原告がその主張のとおりの各診断を受け、責任保険関係において、障害等級第一三級第二号に該当するとの認定を受けた事実は認めるが、原告の視力障害が本件事故に起因するとの主張は否認する。すなわち、原告は、本件事故前からすでに近視性乱視であつたうえ、事故当時六四歳八か月の高齢であつたから、原告の視力は相当衰えていた筈で、原告の視力障害(深視力不足)にこれが影響していることは否定しえぬところ、診断書においても、原告の輻湊不全は交通事故によると思われるとされているにとどまるのであるから、本件事故と原告の視力障害とは因果関係がないのであつて、仮にこれを肯定しうるとしても、視力障害のすべてが本件事故に起因するとはいえないのである。

二  同第四項1の事実中、原告が本件事故当時個人タクシーの運転手として稼働していたことは認めるが、その余の事実は争う。原告は、本件事故により個人タクシーを廃業したのではなく、家族の要請により、本件事故を機会にこれを廃業したにすぎない。

原告は、本件事故前、一年当り金二二八万五、七四〇円の収入を得、三割の経費を要した旨主張するが、原告の昭和四九年度の青色申告決算書によれば、原告は右の収入を得るため金一四八万三、八四五円の経費を要し、金八〇万一、八九五円の純益を挙げているにすぎないのであるから、右金額を逸失利益算定の基礎に採るべきであり、更に、原告は本件事故当時既に六四歳八か月の高齢であつたから、本件事故に遭遇しなくても、従前と同じ純益を挙げ続けることはありえず、高齢化による労働能力の低下に伴い、収入も減少していく筈である。また、原告は、第二種免許を失効したが、なお第一種免許を有しており、高齢ゆえ再就職に困難があるとしても、これを活用し、社用運転手等の自動車運転業務に従事することは可能であり、更に、自動車運転業務以外の労働に従事することも可能であるから、本件事故により、その労働能力を一〇〇パーセント喪失することはありえず、その喪失率は労働基準局長の通牒に従い、一〇パーセント程度とみるべきである。更に、原告は、その後遺症が固定した昭和五一年三月二五日には既に六五歳二か月となつているところ、東京都個人タクシー協同組合新宿支部の個人タクシー業者の年齢別分布調査では、六九歳の者の数は六五歳の者の数の六五パーセント減となつているのであるから、原告が六九歳時なお個人タクシー業に従事しうる蓋然性は極めて低いものというべく、従つて、原告が事故後七年間も個人タクシーの運転手として稼働できるとは到底考えられない。仮に、原告が現在労働能力を一〇〇パーセント喪失しているとしても、その大半は老齢に起因するものというべきであり、また、中間利息の控除はライプニツツ方式によるべきである。

三  請求の原因第四項2の事実中、原告が責任保険から後遺症分として金一〇一万円を受領したことは認めるが、その余の事実は、争う。

仮に本件事故と原告の後遺症との間に因果関係があるとしても、原告の後遺症は、障害等級第一三級第二号で、これに対する慰藉料は金六七万円程度が通常とされているのであるから、原告主張の慰藉料額は過大である。

四  被告ら及び補助参加人の主張

1  示談契約

原告と被告寺田工務店は、昭和五〇年一〇月三〇日、被告寺田工務店は、原告に対し、本件事故による損害賠償として、車両修理代金一一〇万円、治療費金一一万三、四四八円、通院費金六、七六〇円、雑費金五万五、三〇〇円、休業補償金五四万円及び慰藉料金一〇万八、〇〇〇円の合計金一九二万三、五〇八円を支払うこと及び原告と被告寺田工務店は、今後、本件事故に関し、いかなる事情が発生しても異議を申し立てない旨を約し、示談契約を締結し、原告は、同日、右金一九二万三、五〇八円を受領したのであるから、原告の本訴請求に係る後遺症に基づく損害賠償請求も右示談契約により消滅したものというべきである。

2  弁済

原告は、後遺症による損害のてん補として、責任保険から金一〇一万円を受領したほか、金二二万一〇一円を受領した。

五  原告の予想せざる後遺症であるとの主張に対する答弁

原告の後遺症は、示談契約締結当時予測しえなかつたとの主張事実は、否認する。原告は、右示談契約締結以前に第二種免許更新手続における身体検査を受け、深視力障害により第二種免許を失効していたのであるから、示談契約締結時既に個人タクシー営業を再開しえないことを知つていたものであつて、本訴請求に係る後遺症に基づく損害の発生をも十分予測していたのである。

第四証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生及び責任原因

請求の原因第一項の事実(本件事故の発生事実)及び第二項の事実(被告らの責任原因事実)は当事者間に争いがないから、被告前田建設及び被告寺田工務店は、いずれも、自賠法第三条の規定に基づき(被告寺田工務店は民法第七一五条第一項の規定に基づいても)、被告渡部は、民法第七〇九条の規定に基づき、いずれも、原告が本件事故によつて被つた損害を賠償する責任がある。

二  原告の治療経過、後遺症及び大型第二種免許の失効等

いずれも成立に争いのない甲第一号証ないし第四号証、第一〇号証及び第一二、第一三号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第五号証及び第一四号証ないし第一七号証並びに原告本人尋問の結果並びに調査嘱託の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、(一)原告は、本件事故により、頭部外傷及び頸部外傷等の傷害を受け、本件事故の翌日である昭和五〇年九月二四日から昭和五一年三月二五日まで実日数にして四四日、頭痛、頸部痛、肩部痛、凝り、腰痛、頸部運動痛、上肢のしびれ感等を訴えて東京女子医科大学病院脳神経センターに通院し、治療を受けたが、昭和五一年三月二五日、右症状は治癒することなく固定し、今後自動車運転の業務は無理と考えられる旨の後遺症の診断を受け、また、この間、昭和五〇年一〇月一七日から昭和五一年一月二六日まで実日数にして三日、視力低下及び立体感の障害を訴え、同病院眼科に通院したが、昭和五一年一月二七日、同病院において、シノプトフアー検査で融像域プラス七度ないしマイナス八度で輻湊不全が認められ、八方向の視野の角度合計が左眼で三九三度、右眼で三一五度に低下しているが、複視は認められない旨の後遺症の診断を受け、昭和五一年四月一二日、責任保険関係において、右眼の視野狭窄は、障害等級第一三級第二号にいう一眼に視野狭窄を残すもの(正常の視野角合計は五五五度とされており、その六割以下となつているもの)に該当するとの認定を受けたこと、(二)原告は、昭和五三年六月二二日の原告本人尋問当時においても、なお、時折腰痛及び頭痛に悩まされており、昭和五二年暮までは、東京女子医科大学病院脳神経センターに通院していたこと、(三)原告は、従前旅客自動車運送事業に必要な大型第二種免許(昭和一一年二月一四日取得)のほか第一種普通免許及び二輪免許を有し、個人タクシー営業を営んでいたものであるが、本件事故後の昭和五〇年一〇月二七日、右大型第二種免許の更新申請に当たり実施される深視力検査(道路交通法施行規則所定の三桿法の奥行知覚検査器により、二・五メートルの距離で三回検査を受け、その平均誤差が二センチメートル以内の場合に合格となる。)を二度受けたところ、前記後遺症のため、一回目は平均誤差一〇センチメートル、二回目は平均誤差五・三センチメートルで合格基準に達せず、日を改めて受けた同月三一日の検査においても平均誤差六センチメートルで合格基準に達しなかつたため、大型第二種免許の更新を諦め、第一種普通免許及び二輪免許につきいわゆる格下げの更新申請をしてその更新を受けざるをえなかつたこと、並びに(四)原告は、大型第二種免許を失効し、従前営んでいた個人タクシー営業が不可能となつたため、同年一一月一八日、東京陸運局長に対し個人タクシー営業の廃止を申請せざるをえず、同年一二月四日廃止の許可を受けたこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

被告ら及び補助参加人は、原告の深視力の障害は、予てからあつた近視性乱視と高齢に起因するもので、本件事故とは因果関係がない旨主張し、原告に近視性乱視があることは原告の自認するところであり、また、原告が本件事故当時六三歳八か月であつたことは後記認定のとおりであるが、深視力とは医学上深径覚といわれる深さの感覚であつて、主として両眼輻湊の差や網膜像の差の中枢的融合により生じるものといわれているところ、原告が本件事故後間もなく立体感の障害を訴えるようになり、東京女子医科大学病院での検査の結果輻湊不全が認められ、これが本件事故に起因するものと担当医師が判断したことは前記認定のとおりであつて、他方、近視性乱視及び老齢化が原告の深視力障害の原因をなしていると認めるに足りる証拠はないのであるから、原告の近視性乱視の存在及び老齢はいまだ前記認定を左右するものとはいえない。

三  示談契約について

原告と被告寺田工務店が、昭和五〇年一〇月三〇日、被告寺田工務店が原告に対し、本件事故による損害賠償として、車両修理代金一一〇万円、治療費金一一万三、四四八円、通院費金六、七六〇円、雑費金五万五、三〇〇円、休業補償金五四万円及び慰藉料金一〇万八、〇〇〇円、合計金一九二万三、五〇八円を支払うこと、及び原告と被告寺田工務店は、今後、本件事故に関し、いかなる事情が発生しても異議を申し立てない旨約し、原告は、同日、右金一九二万三、五〇八円を受領したことは当事者間に争いがないところ、原告は、本訴は、右示談契約当時予想できなかつた後遺症に基づく損害を請求するものである旨主張するので、以下この点につき審究するに、右争いのない事実に前記第二項認定の原告の治療経過、後遺症等の諸事実を対比勘案すると、本件示談契約は、本件事故後四〇日も経ず、原告が東京女子医科大学病院脳神経センターに通院中で、特に眼科については通院を開始して間もなく、諸症状も未固定の時期に締結されたもので、後遺症に基づく損害については何ら規定されていないことが明らかであるところ、原告本人尋問の結果によれば、原告は、個人タクシーの営業車である原告車の車体検査証の有効期間が昭和五〇年一一月一三日に迫つており、営業を継続するためには、同日までに損壊した原告車に代わる新しい営業車を購入、整備する必要があつたことから、その費用を早急に捻出するため本件示談契約に応じたもので、たしかに、原告は、昭和五〇年一〇月二七日には前記深視力検査に合格しなかつたものの、個人タクシーの営業者であるという実績から、免許更新時、試験官の寛大な取扱いにより第二種免許を失効するまでには至らずに済むものと期待していたことが認められる(右認定を覆すに足りる証拠はない。)のであるから、結局、原告は、未だ全損害を正確に把握し難い状況下で、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談契約を締結したもので、原告の前記認定の後遺症は、その程度及び後記認定のこれに基づく損害額に照らし、右示談契約当時予想できなかつたものといわざるをえず、従つて、前記認定の後遺症に基づく損害賠償請求権は、右示談契約によつても消滅していないものといわざるをえない。

四  損害

よつて以下、原告が前記後遺症によつて被つた損害について検討する。

1  逸失利益

前記第二項認定の事実に成立に争いのない甲第一一号証及び第二〇、第二一号証並びに弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一八、第一九号証並びに証人望月作平の証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、(一)原告は、明治四五年一月一九日生れ(本件事故当時六三歳八か月)の男性で、昭和一一年第二種免許を取得し、昭和二六年頃からハイヤーの運転手となり、昭和四四年頃から個人タクシー営業を開始し、昭和四九年度には、一日平均五、六時間稼働し、金二二八万五、七四〇円の売上を得ていたが、本件事故による前記後遺症により大型第二種免許を失効したため、個人タクシー営業を廃業せざるをえず、その後知人、職業安定所を介し就職先を探したが、思わしくなく(面接に至ることもなかつた。)、就業を断念し、昭和五二年八月頃には老人ホームへの入居を考えるようになり、同年月一〇月頃には入居するに至つたが、昭和五三年六月二二日(六六歳五か月)の本人尋問当時、時折の腰痛・頭痛、耳鳴及び軽度の複視を除き、特別の身体上の疾患はなく、老人ホームでの園芸作業等無理をしない限り十分耐えうること、(二)本件事故後のタクシー料金の値上げにより、昭和五三年以降の個人タクシーの収入は、少なくとも一割程度は増加しており、また、一般的に、個人タクシー営業の経費率は、営業用の自動車の減価償却がない場合にはほぼ三割程度であるが、新車を順次買換えていつた場合にはこれに加えて月金三万円程度の減価償却を要すること、(三)原告は、従前約四年間使用した営業車に代え、昭和四八年一一月頃、原告車を新車として約金一二〇万円で購入した(購入時季については、原告車の車体検査証の有効期限が昭和五〇年一一月一三日到来する事実に道路運送車両法第五九条ないし第六二条の規定を総合して推認する。)もので、原告車は、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭四〇大令一五)により、税法上の耐用年数が三年と定められている運送事業用の車両であること、(四)東京都個人タクシー協同組合の組合員の年齢別分布は、六四歳の者が一四〇人、六五歳の者が一四三人、六六歳の者が一一〇人、六七歳の者が八〇人、六八歳の者が八二人、六九歳の者が四九人で、以下年齢とともに激減していること、並びに(五)永年タクシー、ハイヤー運転に従事し高齢に至つた者が転職することは、従前の職業柄相当困難で、ビルの掃除夫等の軽単純労働が考えうるにすぎないこと、以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかして、前記認定の原告の後遺症(前記輻湊不全のほか、両眼の視野狭窄及び頭痛・腰痛をも含む。)に右認定の原告の従前の職歴、年齢、健康状態、個人タクシーの性格(後記のとおり、年齢による減収が他の職種ほど著しくない。)、個人タクシー営業者の年齢別分布状況及び高齢のタクシー営業者の転職の余地並びに一般的に認められる高齢者の再就職とその継続の困難さを総合勘案すると、原告は、本件事故に遭遇しなければ、原告の眼科的後遺症の認定された昭和五一年一月二七日(六四歳八日)からなお六九歳に至る五年間は個人タクシーの運転手として稼働し、最初の二年間は従前の年間金二二八万五、七四〇円を下らぬ収入を、続く三年間はその一割増である金二五一万四、三一四円を下らぬ収入を得、控え目にみて、その五割を経費として要したものと推認すべきところ、本件事故により、右期間その稼得能力の六割を失つたものとみるのが相当であるから、以上を基礎として、ホフマン式計算方法により(短期間であるから、ライプニツツ式計算方法は採らない。)年五分の割合による中間利息を控除し、原告の逸失利益の右後遺症診断時の現価を算定すると金三一六万四、三二四円となる。

被告ら及び補助参加人は、原告の昭和四九年度の青色申告決算書には、収入金二二八万五、七四〇円に対し経費が金一四八万三、八四五円計上されている点を指摘し、経費とし右同額を要する筈である旨主張するところ、右決算書の記載がその指摘のとおりであることは明らかであるが、右決算書の経費中には、地代家賃金一五万六、〇〇〇円等税法上のいわゆる家事関連費とみられる経費が高額に計上されているほか、原告車の減価償却費(と推認される)が金五六万四、八八八円と計上されているのであるが、前段(三)認定の事実によれば、昭和四九年度は原告車購入後およそ二か月目から一三か月目に当たり、定率法による償却率の極めて高い期間に当たる(耐用年数の適用等に関する取扱通達(昭四五直法四―二五)によれば、二か月目ないし一三か月目の償却率は〇・五〇三にのぼる。なお、右金五六万四、八八八円が定額法によらないことは、購入価格が約金一二〇万円であることと耐用年数三年の資材の定額法による償却率が年〇・三三三であることに徴し明らかである。)のであつて、昭和五〇年度以降の償却率が激減することは明白であるから、右決算書の記載のみを原告の損害額算定の基礎とすることは適当ではない。

更に、被告ら及び補助参加人は、本件事故に遭遇しなくても、原告の収入は、その高齢化に伴い減少する筈である旨及び、原告には第一種普通免許が残つており、これを活用して自動車運転業務に従事することも不可能ではなく、また、自動車運転事業以外の業務に従事することもできるのであるから、本件後遺症による労働能力の喪失割合は一割程度にとどまる筈であると主張するが、一般的に、個人タクシーの営業は、運転手の従前の運転経験に負うところが大きく、稼働時間に拘束されず、その稼働時間もさまで長時間に及ばないのが常で、そのゆえに、他の職種に較べ高齢者が多いのであるから、高齢化に伴い当然減収を生じるものともいい切れず、また、原告の永年の職業運転手としての経験及びその年齢に、一般的に認められる高齢者の再就職及び就業の継続の困難さ並びに予想しうる転職後の労働密度等に鑑みると、原告が本件事故後六九歳に至るまで従前の収入の四割を超える収入を得られるものとみることは、困難であるといわざるをえない。

2  慰藉料

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、前記認定の後遺症そのものにより多大な肉体的・精神的苦痛を被つたほか、永年従事していた職業運転手として稼働できなくなつたのみならず、老後の生計を支え、その生活の張合いとなる筈であつた個人タクシーの営業を廃業せざるをえなくなつたもので、これにより更に多大な精神的苦痛を被つたことが認められるところ、前記後遺症の部位、程度その他本件口頭弁論に顕われた諸般の事情を考慮すると、原告の前記苦痛に対する慰藉料としては、金一五〇万円が相当である。

3  弁済

以上により、原告が本件後遺症によつて被つた損害の総額は右1、2の合計金四六六万四、三二四円となるところ、原告が後遺症に基づく損害のてん補として責任保険から合計金一二三万一〇一円を受領したことは当事者間に争いがないから、同額を控除すれば残額は金三四三万四二二三円となる。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らが後遺症に基づく損害金を任意に支払わないため、やむなく本訴の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、手数料として金一五万円を支払つたほか謝金として金九〇万円を支払う旨約束したことが認められるが、本件訴訟の審理経過、難易及び認容額に鑑みると、本件事故と相当因果関係ある弁護士費用として被告らに請求しうる額としては金三四万円とみるのが相当である。

五  むすび

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告三名各自に対し前項3及び4の合計金三七七万四、二二三円及びこれに対する本件事故発生の日の後である昭和五一年一〇月一五日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条本文及び第九四条後段の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島内乗統)

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